目標が達成できたかできなかったかにかかわらず、「チェックとは反省である」とよく口にしていた。 特に「目標が達成できなかったときの反省は誰でもするが、達成したときの反省はほんどしない」。
ここにも「なぜを5回繰り返す」という考え方が貫かれている。 「5つ」というと、問題が起きたときの態度と見られているが、実際にはものごとがうまくいったときにも同様の姿勢が求められる。
「日本のモノづくりは世界こといわれていた時期がある。 たしかに安くてよいモノはつくっていたが、つくり方そのものは多くのムダを抱え込んでいた。
幸いにして日本の人件費も安かったし、何よりモノが不足していた。 つくれば売れたし、儲かった。
高度成長期だけに、設備を増強して生産性をあげるのは誰にでもできた時代だ。 この時期、「日本のモノづくりは世界こという言葉に浮かれ、「なぜ売れているのか」を真剣に問う人は少なかった。
時代の追い風を、実力と勘違いしてしまった。 常に「なぜ達成できたのか」を問い続ける。
さもないと偶然の産物を実力と過信する誤りをまた繰り返しかねない問題を隠す姿勢からは決して進歩は生まれない。 隠そうとし、誤魔化そうという姿勢は、いつか必ず大きな問題を引き起こす。

問題やトラブルは常にみんなの見えるところに出す。 二度と同じ問題が起きないように徹底的に対策を練る。
とりあえず先へ進もうと、小手先の処理をするのではなく、たとえ時間はかかっても、問題の背後にある「真因」を究明する。 この繰り返しが、大きな進歩を生む。
「知識はお金で買えるが、知恵はお金では買えない」O氏の言葉だ。 知識と知恵はよく混同しがちだが、違う。
知識は学校へ行って、本を読めばいくらでも得られる。 テキストに載っていない本当の知恵は、決してお金では買えない。
しかも知恵は、みんなに平等にある。 違いは知恵を引っ張り出すテクニックがあるかないかだけだ。
知識が豊富であるがために、かえって知恵の出る邪魔をする。 O氏から伺った話がある。
機械科の先生のところに、街の発明家が永久運動の研究で相談に来た。 学校の先生にしてみれば、永久運動は絶対にありえないものだ。
そんな研究は実らないに決まっている。 もちろん永久運動はない。

なんとか永久運動に近づけようと研究を重ねた結果、自動巻きの時計が生まれた。 だから、「あの人は知識がないから、永久運動があると思い込んでいるのだ」などと決して侮ってはいけない、と。
経験豊富な人は、誰かが「こうやったらどうですか」と提案しても、「前にやったことがある。 それで失敗したからやっても無理だよ」だからといって、「やってもムダだよ」部下のやる気をそいでしまう。
どんなにつまらない提えても、知恵をしぼった結果の産物だ。 あるいは、自分のときは無性があるかもしれない。
仕事で大きな成果をおさめ、そのおかげで昇進した人が、期待したほどの成功をあげられず、いつのまにかただの凡人になってしまう。 多くの場合、「昔はあの人も凄かったけどね」の1言で片づけられている。
なぜこんな例があちらこちらで起きてしまうのだろうか。 昇進をした人が別に無能であったわけではない。
たしかに成果をあげ、そのときはまちがいなく輝いていた。 その輝きが、昇進した後に消える理由ははっきりしている。

新しい任務についたにもかかわらず、前の任務で成功した体験をそのままやり続けてしまい、結局は新しい任務への適応をまちがえたからだ。 無能になったのではなく、仕事のやり方がまちがっているのだ。
仕事のやり方や、新しい仕事に求められる能力は、時代とともに変化していく。 その事実を忘れ、自分の成功体験に固執していると、いつのまにか時代遅れの、役に立たない存在になってしまう。
「不良率3%として、これだけ設備投資すれば、これだけ儲かります」こんな話をしようものなら、O氏から大目玉がとんでくる。 「誰が不良率を決めた。
なぜ下げようとしない。 下げれば変わるだろう。
仕事のやり方だ」3%の根拠は関係なかった。 業界の平均であろうが、過去の実績であろうが、何の関係もない。
大切なのは不良率3%という数字を前提に考えるのではなく、まずは不良率そのものを限界まで下げていく姿勢だった。 たしかに不良率を0.1%まで下げられれば、設備投資は必要なく、改善のみで大きな成果をあげる。
段取り替えについても同様だ。 在庫リスクのない多品種少量生産に対して、ある程度の在庫が発生したとしても大ロット生産のほうが好ましいといわれていた根拠は、段取り替えに時間を要するからだ。
もしも段取り替えを1般的にいわれている時間よりもはるかに短い時間でできさえすれば、事情はまったく異なってくる。 K自動車時代に、それまで95分かかっていた段取り替えを2カ月間で3分にまで縮めた経験がある。
最初は、シングル段取りは不可能と思っていた。 それでもO氏のいう「待ったなしでやるときは、道具は並べておく」を守り、順番を整え、調整をなくすなど、ムダを1つひとつ潰していくと本当に3分が達成できた。

知恵を絞って段取り替えを3分でやれば、時間を根拠にした多品種少量生産と大ロット生産の比較は意味がなくなる。 平均値にとらわれると、平均以上にいかなくなる不良率何%とか平均的段取り替え時間といった常識にとらわれなかったからこそ、T生産方式は実現できた。
1方識や平たいものばかりを気にしていると、不思議なものでその水準を超えられなくなってしまう。 「この業種でこの規模なら、利益率です」という常識にとらわれてしまうと、この水準の利益が出れば満足してしまい、いつまでたっても水準以上のものは出せなくなってしまう。
目標を立てるときも同様である。 対前年比5%増とか六%増といった数字を前に、スタッフと営業部門がやりとりを繰り返し、結局は最終的に5.5%増といったところに落ち着く。
不良率や在庫の回転率なども同様である。 小数点以下の細かい数字をやりとりしていても、何の進歩もない掲げる目標が段取り替え時間95分を85分にしようといった目標だったなら、永久に3分というレベルには到達しなかっただろう。
一短縮といった改善なら、小手先の改善でなんとかなる。 はるかに高い目標の場合は、小手先の改善ではどうにもならない。
いままでと根本的に違った発想が必要だ。 進歩を生む。
同時に不可能とも思える目標を追いかけるからこそ、すぐにも実現可能な目標を追うよりもはるかに速く到達できる。 何かをやろうとするときには、業界の常識や平均値といったものを、1度は疑ってかかるほうがよい。

目標を掲げるときには、不可能と思えるような数字でもその目標に重要な意味があれば果敢に挑戦してみる。 もちろんすぐには1OO%の達成はむずかしいかもしれない。
Tは、すでに5O年以上にわたって改善を積み重ねてきている。 それでも、には至っていない。
なかなかT以外の人には、理解しづらいようだ。 ムダを見つけるとか、改善を行なうといっても、そんなに多くのムダや改善の種がころがっているとはとても信じがたいからだろうか。
そのせいかT生産方式を導入した企業のなかにも、ある程度の成果があがると、「もうこれで十分だろう」と考えて、改善の手を緩めてしまう。 そうなると、たちまちもとに戻る。

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